06年度後期 沢パーティ合宿

西表合宿PART1 <沢> ヒナイ川〜浦内川(〜南風見田浜)


【日時】
07年3月7日〜11日 4泊5日(予定コースは6泊7日) 3人

【行程】
計画

1日目:船浦---ピナイサーラの滝(CS1)
2日目:ピナイサーラの滝---分水嶺越え---板敷川支流---板敷川本流(CS2)
3日目:板敷川本流---マヤグスクの滝---浦内川---マリュドゥの滝展望台(CS3) escape:展望台---軍艦岩
4日目:展望台---ギンゴガーラの滝---分水嶺越え---仲良川支流(CS4)
5日目:仲良川支流---仲良川本流---分水嶺越え---仲間川本流出合(CS5)
6日目:仲間川本流---分水嶺越え---別れ浜(CS6)
7日目:別れ浜---南風見田浜

実際
2日目:ピナイサーラの滝---分水嶺越え---板敷川支流(CS2)
3日目:板敷川支流(完沈)(CS3)
4日目:板敷川支流---マヤグスクの滝---マリュドゥの滝展望台(CS4)
5日目:展望台---軍艦岩(遊覧船にてescape)

3月7日(水) 雨

10時52分、大原バス停からバスに乗り、船浦で下車。近くの建物(使われなくなった案内所?)に入って昼食を取り、セパを着て雨の中歩き出す。

12:30 入山 壊れたカーブミラーのところから干潟に降りる道があり、潮の引いた干潟の上を歩く。風が強いためか、カニとかは殆どいなかった。
13:08 ピナイサーラへの道の入り口と思しき、白い浮きが結び付けられたところに到着。そこからマングローブ林の奥へ、水路状の道が続いていた。そこをたどるが、思いがけず道が悪く閉口。目印は多いが、さっそくぬかるんで足がウボり、瀞臭い。我慢して歩いていると、カヌーがたくさんつながれ、人も多いところに出た。
13:46 荷物を置き、ピナイサーラの滝を見に行く。有名なところだけあって人が多い。所詮は観光客なので、片っ端から抜いていった。
13:55 ピナイサーラの滝ノ下に到着。天気が悪く、水しぶきもすごいため寒い。さっさと記念写真を取り、元の道を戻る。
14:10 荷物のところに戻った。ここからは巻き道をたどり、途中にあるというCS1を目指す。55mの滝の巻き道だけあって、結構傾斜がきつく疲れた。
14:26 テントが晴れそうな広い場所に到着。おそらくこれがCS1であろう、ということで、荷物を降ろして行動終了。ピナイサーラの滝之上へ、水汲み&偵察&エビ捕りに出かけた。 ピナイサーラの滝上は、落ち口間近まで行くことができる。下を見るとものすごい高度差で足がすくんだ。下にいる人に手を振ったら気づいてくれたので、俺は満足してエビを捕りに上流へ。やたらとエビはたくさんいて、すぐに30匹ほど捕れた。塩で炒めて夕食に加えることにして、CS1へ戻った。

この日の夕食は、焼き八重山そばとエビ。焼きそばが売り切れていたため、八重山そばで代用してみたのだが、なかなかおいしかった。食後も明るく、寝るには早かったので、トランプで麻雀っぽいゲームをやった。このゲームは、この時点ではまだルールもはっきり決まっていなかったが、今後の行程で完成に至った。
19:30 就寝。夜中は結構雨が降ったようだった。



3月8日(木) 雨
5:30 起床。テント内に水溜りがたくさんできていた。どうやら前日の夜の雨はかなりのものだった様だな、とか話しながら朝食をとる。
6:54 出発。10分ほどでヒナイ川に到着したが、上から見ると様子がなんだかおかしい。先に川沿いに降りていった岩田と北村がなにやら騒いでいる。俺も川沿いへ降りてみると、その理由がわかった。まるで別の川かと思えるほど、ヒナイ川が増水していたのだ。前日の3倍くらいの水量になっていた様に感じた。これはかなり大変だと思ったが、ぎりぎり遡行は可能であるように俺には思えた。さらに、合宿2日目で川に入る前に引き返すのは嫌でもあったし、とりあえず行ってみることにした。

最初はひたすらに右岸巻きを続けた。途中川沿いを進んだときに、ホールドが崩れ北村が水没した以外は特に問題なく、ここまでは何とかなりそうな感じだった。8:04〜13、レストを取る。

8:40 15mの大きな滝に出る。ここの巻きは難しくないのだが、ぬるぬるして滑ることこの上ない。特に西表が始めての二人は苦戦していた。

9時ごろ、ゴルジュっぽいところで渡渉することになったが、濁水のため深さが良くわからない。岩田が進んだ先は深くていけないとのことだったので、バックしながら俺が先陣を切って渡渉することになった。中程までは太ももくらいまでの水深だったが、その先へ一歩踏み出そうとした瞬間に転倒。急に深くなっていて、足が届かなかったのだ。泳げない俺はかなりあせったが、幸い泳ぐ距離が短かったので大事には至らなかった。後続の2人にも泳いでそこを突破してもらい、少し先でレスト(9:13〜25)。ここで北村が今合宿初ヒルに見舞われ、ヒル男の力を見せ付けてくれた。

この先も、滝の巻きでぬるぬる滑ったり、大変な思いをしながら進む。西表の岩質は主に砂岩で、かなり風化が進んでいるために、一度雨が降ると粘土状になって大変なのだ。また泥の粒子が細かいので、一度どろどろになるとなかなか元に戻ってくれない。

10:20〜40 少しはやめの昼食レストを取る。天気は相変わらずの雨で、レストを取るのが面倒だったので2時間半ピッチを決行したが、たいそう不評であった。また、このピッチでは二回の泳ぎがあり、全員乾いた部分が一切ない、濡れねずみと化していた。

13:12 面子が限界を訴えたのでしぶしぶレストを取る。分水嶺越えをするルンゼの手前にいると思っていたので、ついでに水も汲んでおいた。13:25まで休んだ後、左手のルンゼに入る。地形図よりなんだかルンゼが長い気がしたのだが、西表の地形は細かくてわかりにくいから、と自分を納得させて、適当なところから右手の尾根に乗った。ここから反対側へ下降していったのだが、出合ったルンゼはさっきまでいたヒナイ川であった。どうも一本手前のルンゼから、小尾根を乗り越えた形になったらしい。約20分のロスだった。気を取り直して、再び分水嶺越えに挑む。今度はうまくいき、14時ちょうどに分水嶺を越えてイタジキ川流域に入ることができた。
14:46 CS2の二つ手前のCS可に到着。時間もそれなりに遅くなっていたし、泳ぎなどで面子の肉体的、精神的疲労も大きいようだったので、この日はここで行動終了とした。それに、ヒナイの状況から考えるに、イタジキ川を下降するのはどうせ無理だったろう。

その後、みなで今後の行程を話し合った。結論としては、明日は行沈としてCS2を目指すのみとし、減水するようならば一日遅れで計画続行ということになった。しかし、夕食の準備のときに岩田のシュラフや着替えが、泳ぎによって浸水してしまったことが判明。岩田には、乾きやすいフリースの防寒着を体温で乾かし、それを着て寝るように指示しておいたが、この時点で計画の貫徹はあきらめようというムードが、ふんわりと漂い始めたのだった。

夕食後は、岩田の服を乾かす時間稼ぎとして再びトランプで遊ぶ。翌日は行沈ということもあり、20:20まで遊んで就寝した。


3月9日(金) 雨のち曇
7:00 起床。夜中も雨が降り、テンションが下る。強まったり弱まったりで、出発の決断ができない。朝食を取りながら、再び話し合う。
選択肢としては、
@ ヒナイを戻る
A 進む
この二つがあった。このときの我々の位置は、どちらも一日で安全なテン場に到達可能であると思われた。下手に進むと、戻れなくなり危険な事態になるかもしれない。そんな不安があったので、昨夜の判断を変更し、この日は一日完沈して川の水が減るのを待ち、天候も良くなるようならば前進&エスケープ、そうでなければ撤退ということにした。

そうなれば、後はだらだらするだけである。朝の天気図を見ると、石垣のすぐ東に低気圧が発生しており、これまでの悪天に納得。しかし、低気圧が東にある以上、今後天気は回復するといえる。これなら前進&エスケープできそうだと感じた。午前中はトランプをやり時間をつぶす。午後になると雨も上がったので、(主に岩田が)濡れたものをテン場周辺で干していた。川の水も順調に減っており、翌日は前進できそうなので一安心。沈して正解だったようだ。明日の好天を願い、19:30に就寝。



3月10日(土) 曇
5:30 起床。夜も雨はあまり降らなかったようで、水はさらに減っていた(と言っても結構多めだけど)。出発準備をして、6:58に出発。ここで俺は、スリング3本しめて4000円分を落としたようだ。去年も西表で同じ本数のスリングを落としたし、相性が悪いのだろうか?また無駄な出費が…

8:00〜10 最初のレストを入れる。このときは空も晴れていて、気分もかなり良くなっていた。雨が降る暗い沢とは打って変わって、木漏れ日が気持ちよく、木々についた水滴がきらきらと光る。川面にはうっすら靄がかかり、亜熱帯の赴きある美しさだ。晴れるだけでこんなに雰囲気が変わるんだなぁと、しみじみ思った。

8:46 イタジキ川本流に出合う。やはり増水していたが、水の濁りがなかったのでちょっと救われた。合流点は深い瀞になっていて、何とか右岸を巻けないか努力してみたものの、結局瀞を30mほど泳ぐことに。当然俺は自力では無理なので、岩田にザイルをつけて泳いでもらい、最後にザックをビート板にした状態で引っ張ってもらった。ザイルでしっかりつながれているとはいえ、足が届かない瀞の上を越えるのは俺にはかなり怖かった。岩田が動画を撮れなかったのを悔しがるほど、情けない姿だったようだ。

10:11〜40 昼食。手前にある瀞の雰囲気が気に入ったようで、俺以外の2人は写真を撮りまくっていた。

12:03〜13のレストをはさみ、13:05にマヤグスク滝の上へ。ここで、合宿パート1最大の試練が待ち構えていた。ここに来たのは2年前だったので記憶がはっきりしていたわけではないのだが、明らかに雰囲気が違う。上から倒木がたくさん降ってきていて、まるで別の場所のようだ。いやな予感がしたので、二人を後ろへ残して前方の様子を伺うと、岩棚が崩壊していた。例年、岩棚の末端部にある立ち木から空中懸垂を行っていたのだが、そこまで到達するのが不可能になっていたのだ。これはかなりのショックだった。下手をすると道の巻き道を使うことになるかもしれず、そうなると斜面でビバークする羽目になるのでは… そんな不安に襲われたが、ここであせって下手なことをするわけにもいかない。とりあえず二人を呼んでセルフビレーを取り、対策を講じた。

崩壊地点手前に、しっかりした立ち木があった。しかし、その木を支点にしたときに、ザイルが下に届くかどうかかなり微妙であった。マヤグスク滝上部のゴルジュは垂直で、その木の位置からでは下の様子は伺えない。とりあえずその木を支点に懸垂下降の用意をし、岩田に空荷&プルージックで斜面をぎりぎりまで降りてもらい、下の様子を伺ってもらった。

下見から帰ってきた岩田は、下から2〜3mの高さの岩棚には着地できそうで、そこから下へのクライムダウンもおそらく可能だと言う。最悪ジャンプしてでも突破しますと言う岩田の言葉を信頼し、懸垂下降に挑むことにした。

まず岩田が先陣を切る。成功したら見える範囲に出てきて手信号、どうしても無理なら笛を吹き鳴らせと指示を出し、上で待機。しかし、なかなか岩田の姿が現れない。そのうち下からなにやら声が聞こえてきた。何かあったかと思い、北村に絶対に動くなと指示を出し、プルージックをつけて斜面を下る。岩田の姿は例の岩棚の上にちらちら見えるが、何を言っているかは水の音にさえぎられて聞こえない。だが、どうやら飛び降りる羽目になり、そのために準備をしていることが見て取れた。ザイルにぶら下がれば大丈夫であるようなので、一安心。上に戻って北村にも下の様子を伝える。そうこうしているうちに、岩田が姿を現した。特に怪我もないようだ。ジェスチャーで降りる方向などを指示してくる。細かい指示は下に行って直接受けるよう北村に言い、彼を送り出す。

北村が下降して姿が見えなくなると、今一度崩壊に目を向けてみた。岩棚自体も崩れているが、上から大量の土砂が落ちてきて、ガレ場に変わってしまっているようだった。通過するにはザイルで確保する必要があるだろう。植物の生え方から、崩れたのは昨年くらいに思われた。出発前にのはら荘のおっちゃんから聞いた、去年の台風で山が荒れていると言う話を思い出した。何もこんなピンポイントで俺たちを苦しめなくても…

そうこうしているうちに、北村も無事に懸垂下降を終えた。いよいよ俺の番だ。慎重に一歩一歩降りていく。ゴルジュに入り、壁面が垂直になると下の様子が伺えた。壁面の凹凸が体にぶつかり、下降しにくい。一番下の岩棚の上に立つと、そこからザイルにつかまってジャンプするように岩田から指示が来た。ザイル回収の準備をして飛び降りる。ザイルは結構伸びるので、さして衝撃も無く着地に成功した。全員無事に難関を突破し、ほっとした。下で二人に声をかけ、労をねぎらう。岩田は特に緊張したようだったが、大役を果たしたあとだ、無理もあるまい。

ザイルをしまってマヤグスクの滝を巻き降り、14:24〜36、滝の下でレスト。恒例の記念写真も撮った。しかし、マヤグスクの滝は崩壊が激しい。ここ何年かで形も変わっているようだ。将来的には、懸垂下降が不可能になるのではないだろうか。そう思うと、無性にさびしくなった。しかし、変わりゆくのもまた自然なのだから、我々はただそれをあるがままに受け入れるのが良いのだろう、きっと。

マヤグスクの滝は、最近一般人も多く訪れるようになってきたので、左岸に踏み跡が続いていた。懸垂下降で精神的に疲れていたので、ここは利用させてもらった。途中スラブでいったん途切れるものの、結構しっかりしている。15:03に西表縦断道に出た。ここからは登山道なので、レストを取りつつ水を少し汲んだ。15:17に出発。

登山道も倒木が多く、荒れていた。やはり去年の台風の影響なのだろう。テープがあり、踏み後もしっかりしているので迷うことはないものの、歩きづらくて仕方が無い。雨のせいでぬるぬるしていたのが拍車をかける。行動時間が長くなっていたので疲れも出てきており、ゆっくりと歩を進めた。途中、正しい第二小屋跡を確認した。我々がそうだと思っていたのは、単なるテン場だったようだ。

15:58〜16:08,16:52〜17:03と二回レストを取り、歩きにくい登山道をひたすら黙々と歩く。エスケープが決定しているので、天気図も取らずに進んだ。17:16、カンピレーの滝に到着。去年は人が大勢いたが、今回は時間が遅いので、我々以外誰もいなかった。せっかくこのきれいな滝を独占したのだから少しくらい遊ぶべきだった、と今になって思うが、このときは疲れていて早くテン場に着きたかったので、少しだけ写真を撮って通過。17:36に適当なルンゼで水を汲み、17:57、展望台に到着した。

展望台は無人で、独占することに成功。荷物が湿っていたので、みなザックの中身をすべて取り出して乾かし始めた。乾いているというのはすばらしい。この後テントポールの継ぎ目にひびが入るというアクシデントはあったものの、夕食では秘密兵器とレトルトを放出し、無事にパート1を終了できたことを祝った。展望台からはエスケープ下山するのに30分かからないので、ここでほぼ終了したと言えるのだ。夕食後、あたりに蛍が舞った。我々が無事帰還したことを祝ってくれているようで、風情ある情景だった。ラジオでのど自慢全国大会を聞きつつ、この日は自然就寝となった。


3月11日(日) 雨
この日は7時起床の予定だったが、朝方風が強くなってきて、広げて乾かしてあった荷物が飛びそうだったので、少し早く起きて外に出た。そこで我々の眼に飛び込んできたのは、あまりに無残な光景だった。展望台の中まで雨が吹き込み、干してあったものがすべてぐっしょりと濡れていた。むしろ前日までのほうが少しはましだった。屋根があるからと油断したのが悪いのだが、朝からかなり精神的ダメージを負ってしまった。エスケープしない予定だったら大変なことになっていただろう。やる気がなくなってしまったので、だらだら朝食を食べ、適当にパッキング。最初の船が来る時間に合わせ、9:03に展望台を出発した。

ここから下山地点までは道も整備されているので特に苦労することはなく、9:28、エスケープ下山完了。ちょうどやってきた遊覧船に乗り込み、浦内川河口へ。河口の遊覧船乗り場で下山連絡を済ませた。こうして、長かったようで短い、西表合宿パート1は終了した。


今回は、西表の裏の顔を見ることができた。ちっとも嬉しくないのだけれども。もう少し天気がよければ、もっと楽しむ余裕もあっただろうが。まぁ過ぎたことを悔やんでも仕方が無い。内容のある、充実した合宿だったとしておこう。

閑話に続く

文責:平澤 写真:岩田、北村

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