2006年度縦走前期予備合宿Part1

比良 武奈ヶ嶽〜リトル比良

【日時】
2006年6月3日〜6月4日 1泊2日 5人

計画概要

Part1というわけでとりあえず比良へ。権現の登りや比良岳付近は飽きたので、行った事のないリトル比良に決定。リトルというだけあって本当に標高が低いが、思ったよりも楽しめた。特にオーム岩からの眺めは比良とは思えないほど。

行程概要

1日目:朽木栃生〜武奈ヶ嶽〜八雲ヶ原〜金糞峠(C.S.1)
2日目:金糞峠〜北比良峠〜リトル比良〜音羽(下山)

行程詳細

1日目 6月3日 晴れ

09:17 朽木栃生バス停発
09:55 分岐1 地蔵岳方面への分岐
10:10〜10:20 R
10:29 分岐2
10:49 奥比良主稜線と合流
11:16〜11:50 釣瓶岳 昼食R
12:31〜13:15 武奈ヶ嶽 のんびりR
14:15 金糞峠 C.S.1
19:30 就寝

出町柳から京都バスで朽木栃生へ。登山口が少々分かりにくいという事だったが、バス停に案内があったので迷うことなく行けた。バス停から少し戻り、小さな流れ沿いの道を東に入る。墓地の横を過ぎるともう登山道。比良の登りというと権現山の面白くないイメージがあったが、このルートはわりと明るく開放的で風通しもよく、落ち葉ふかふかのいい道だった。主稜線までの二つの分岐にはいずれも道標があるので問題ない。50分ほどでいいところがあったので休憩。3時間しか寝ていないという松尾が死体と化していた。奥比良の稜線は去年歩いたが、今回は逆方向とはいえ全く記憶にない。釣瓶岳にて昼食。ジャム類がやたらと充実していた。虫が相当多い。さっきと同じ死体あり。武奈ヶ嶽ではそこそこの好天に恵まれた。時間にもかなり余裕があるのでのんびりする。人が多い。死体あり。一つ増えた。八雲ヶ原はリフトなどが撤去され、「山上施設解体および自然回復工事中」とのこと。沢沿いに金糞峠へ行って1日目の行程は終了。テントが3張ほどあった。

と、ここで装備がテントのポールを忘れてきた事が発覚。テントについている紐と個人装備の細引きを周りの木の枝にくくりつけ、ザックを中に入れて何とか居住スペースを確保。見た目はあれだが、中に入ってしまえばなんと言うことはない。今回は水分一人4リットルを課していたが、森戸は8リットル、宮城は10リットルも持ってきていた。夕食は鍋物。量がかなり多かった。ニンジン、大根、鶏肉、ネギを入れた時点で鍋は満杯。加えて白菜とえのきがまだ大量にある。でもまあ、ほぼ完食。一部は翌日の雑炊に残しておく。Part2の話し合いをしたかったのだが、まともな議論できず。宮城、松尾の睡眠不足組は外で早々に寝る。

2日目 6月4日 晴れ

03:30 起床・朝食(雑炊)
04:21 出発
04:52 北比良峠
05:26〜05:37 釈迦岳R
06:29〜06:39 ヤケ山R
07:15 滝山(703ピーク)
07:41 林道
08:02〜08:52 岩阿沙利山 昼食R
09:29〜09:51 オーム岩R
10:15 岳山 通過
11:09 下山

テントは見かけによらずわりと快適だった。朝でもあまり寒くない。半袖でも大丈夫。森戸は半袖で寝てたようだ。北比良峠にはすぐに到着。どこから来たのか人がいる。その後も電波塔の辺りまで何度か人に会う。しばらくキャタピラ跡と電線沿いに歩き釈迦岳へ。何も見えん。少し進んだところに土の崖があり、天気のいい日はよく見えそうだ。この日は少しガスというか土ぼこりというかが漂っていた。ヤケ山に到着。やはり何も見えん。しかも、なんかでかい蜂が飛んでるなー、と思ったらザックを置いたすぐ横にスズメバチ?の巣穴があった。あまりその場にいるのもまずそうなので逃げるように出発。が、結局10分休憩していたようだ。703mの滝山ピークは、ピークの向こう側にも赤テープが続いているが、しばらく行くと見失う。戻るとピーク手前にちゃんと標識があった。ヤケ山から1時間ほど歩いて林道に出会ったが、まだ皆元気なのでそのまま行く。この辺りに水場があるらしいが分からず。左に道が分かれていたがその先だろうか。20分ほどで岩阿沙利山に到着。やはり展望はない。リトル比良は歩いている途中に時々展望があるが、山頂には展望はないな。ここで昼食。まだ8時だが昼食。C.L.はもう10時のつもりだった。いや、そんなに歩いてないなとは思ってたけど。鳥越峰を過ぎてすぐのところ、少し登山道から外れたところがオーム岩。開けていてかなり展望は良い。比良でこんな展望に出会えるとは思っていなかった。写真を撮ったりしてゆっくりする。今日も死体がついて来る。あとは下りで時々ザレを通過しつつ下山。C.L.が下山地点の川で顔を洗おうとしたら、岩がつるつるで滑って川にはまり、左半身ずぶぬれに。気持ちよかった。近江高島の駅まではすぐ。JRで京都へ。

文責:古川

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