05前期 沢パーティー夏合宿Part2

奥只見・只見川水系「恋ノ岐川〜平ケ岳」

05年9月13〜14日 0付1泊2日 5人

メンバー
正岡、広瀬、中村、平澤、松尾

行程
0日目:小豆温泉――檜枝岐――恋ノ岐橋
1日目:恋ノ岐橋(入渓)――オホコ沢出合(CS1)
2日目:オホコ沢出合――台倉清水――平ヶ岳登山口(下山)

0日目
 Part1の下山後、本来の下山予定地だった檜枝岐(ひのえまた)に向かった。檜枝岐は温泉地として有名で、この周辺では唯一の大きな集落である。無駄に立派な温泉「駒乃湯」で汗を流した後は、名物の蕎麦を食べ、売店で買出しをした。
そうこうしているうち、情報収集にあたっていた真介が絶望的な顔をして戻ってきた。話によると、天気がもつのは明日までで、明後日からは3日間降り続くという。つくづく天気とはままならないものである。しばらく考えた末、今日中に0付して行けるとこまで行く、との決定を下した。下手すればまた雨の中の山行になるが、沢登りをせずに帰るのだけは勘弁である。
この後ジャンタクを呼び、0付地点の恋ノ岐(こいのまた)橋まで運んでもらった。その日は道路脇にテン張り夕飯を食べ、明日の好天を祈りつつ就寝した。自分と真介以外は外で寝たが、だいぶ蚊に悩まされていたようだ。

1日目 曇時々晴
 翌朝5時半、まだ寒いうちに沢に降り立った。天気は薄曇りといった感じ。恋ノ岐川は「奥只見随一の美渓」と呼ばれており、広く光が差し込み、白っぽい色の岩盤の上を流れる水に反射して明るく非常に美しい沢である。快晴ならさらに綺麗だっただろう。内容はとにかく小滝・ナメ・釜・淵など沢のきれいどころだけを集めてきたような内容で、簡単に突破できる程度のものが絶え間なく出てくるというまさに至れり尽くせりである。薄黄色の壁と黄緑色の淵はふだん暗い沢ばかりの我々にはただただ眩しかった。だが沢をやる以上多少のスリルや困難がアクセントとして欲しくなるもので、中盤以降はだれた感もあり、綺麗な小滝にもやや食傷気味である。
CS1の直前、3時を過ぎたころ、先行パーティーの姿が見えた。見たところ社会人で、先頭がテンカラ竿を振り、ビニール袋(イワナ入り)をぶらさげているのはちょっとショックだった。追い越してCS1の広い場所を確保し、さらに追いつく前に怒りの平澤に上流を釣ってきてもらった。聞いたところ彼らは東京から来たらしい。夜は焚き火をしたが、薪は湿りきっており最後まで大きく燃え上がることはなかった。それでも平澤にイワナ2匹を確保してもらい、焼き魚と刺身でいただいた。よく考えてみるとこれが今期最初の焼きイワナで、毎回のように食いまくった去年の前期を考えると妙な感じである。今期は釣れても焚き火不可だったりとめぐり合わせが悪かったので、最後のチャンスに食べることができ松尾にもいい経験になっただろう。この日の天気図を見ても状況に変化はなく、翌朝に進退の決断が迫られることとなった。

2日目 晴のち曇
 4時に起床し、面子と相談する。本来はこの日詰め上がって平ヶ岳でもう一泊し翌日下山予定だったのだが、天候は今日にも崩れる予想である。詰め上がりまでもちさえすれば後は登山道だし…という誘惑を断ち切り、支流のオホコ沢を詰め上がり今日中に下山することに決めた。昨日のパーティーに一声掛けて6時に出発した。彼らも今日同じルートを行くらしい。
オホコ沢は特に問題なく、8時半過ぎには稜線に詰め上がった。台倉清水の標識を辿っていくと今詰め上がった沢そのものだったので、残念ながらちょっと濁った水を汲み、ひたすら縦走路を下る。この道がまた急傾斜できつく、雨なら滑落の危険もあり、というか雨でなくても滑りまくる。半ば滑り降りるように下ると林道に出て、途中の沢で昼食にしていると例のパーティーに追い越された。
下山したのは1時半過ぎで、奥只見湖の定期船待ちのためしばらく時間をつぶし、その後1時間強の道路歩きをこなして尾瀬口の船着場に到着した。奥只見湖の水位が下がっているためか何か見た目にも不安なイカダが浮かべてあるだけで、干上がった湖と併せて荒涼たる風景を作り出していた。本当に船がくるのか心配になったが、意外にもきれいな観光船がやってきたので驚いた。
 奥只見湖は、人工湖としては日本最大らしい。このダムが出来るまではこの辺りは本当の秘境だったようだ。映画ホワイトアウトの「奥遠和ダム」のモデルとなったのがこの奥只見湖だそうで、記念の展示などもしているらしいが、今回はバスの乗り継ぎの関係で見る間が無かった。ロケそのものは黒部ダムでやったらしいが、重力式とアーチ式で形も全然違うのにどうやったのだろうか?映画は織田裕二がラッセルしてたのしか記憶にないのでわからない。バスに乗る頃には雨が本格的に降り出していた。エスケープで正解である。
バスは「奥只見シルバーライン」という道路を通って新潟側に抜けるのだが、これも面白かったので書いておく。もとはダム工事用として造られたらしいこの道は、全長22kmの道路のうち実に18kmがトンネルであり、その上壁面は濡れた岩盤むき出しで、幅も車2台がやっと通れる程度のものなのである。しかもやたらと薄暗く、工事現場の赤い照明が延々と付けられている。そんな中を、バスはガタガタ揺れ続けながら対向車ときわどい行違いをひたすら繰り返して突き進んだ。自分一人で来たとしたなら、このプレッシャーには耐え切れないだろう。
この後真介リサーチによりバスを途中下車して温泉街に行ったが時間が遅く、どこもやってなかった。皆が諦めかけたころ、しなびた温泉街の中の旅館で入れてくれるのを真介パワーでなんとか見つけ、汚れを落とした。その後JR小出駅前の料理屋で打ち上げ、自分と広瀬・松尾はその日のうちに夜行列車で帰ることになり、駅寝の真介・平澤に別れを告げた。夜行はがら空きで快適だった。真介は次の日からまた福島に向けローカル線の旅に出たらしい。
振り返ればひたすら天候に振り回された合宿だった。日程調整ができないのが合宿の宿命とはいえ、面子から不完全燃焼の様子が伝わってくるのはやはり心苦しい。そんな中恋ノ岐を途中まででも遡行できたのは気分的にも救いになった。しかし西表の海岸も雨だったし、合宿とはなかなか思い通りにはいかないものである。次の沢面の合宿は平澤の西表だが、天候に恵まれることを切に願う。

文責:正岡

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